いまむうブログ

ほぼノンフィクション。面白さは保証できません。

リトルカブに乗ってどこまでも 第2夜


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つづき

 

 

 

こげ茶色につるんとしたシルバーのツートーンのリトルカブ。大学2年の時から乗るようになったのだが、これは弟から譲り受けたものだ。いや正確に言うと、二足三文で友達に売ろうとした弟から、うちの母親がもったいないということで買い取って僕に回してくれたのだ。値段は数万円だったと思うが正確には覚えていない。

 


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弟はリトルカブを愛していた。山口県の田舎では、格好さえ気にしなければ、どこへ行くにも原付さえあれば事足りる。弟は山口県にある全市町村をトコトコと回る旅なんかを考案し放浪したりなんかしてリトルカブと仲良く遊んでいた。

 


大学2年になり前期テストが終わり、夏休みになったころだろうか、母親から電話があった。弟が原付乗ってたら車に追突されて大事故になったということだった。電話口の母親の声はそんなに暗いトーンではなかったので、死んではいないんだろうなということは察した。母親は竹を割ったような人なので、嘘がないし何でもストレートな物言いをする。案の定、弟はピンピンとしていたようだ。むしろ無傷だったようだ。まあ、この話が面白い。

 


弟は当時、ジュゲムという町に1つしかない小さなレンタルビデオ屋さんのバイトをしていた。大の映画好きの弟、ビデオ屋で働けばビデオが好き放題観れる、という短絡的な考えで働いていたのだ。家族だから言うわけではないが、アホだ。事故にあったその日もバイトを終え、リトルカブにまたがった。国道で信号待ちをしていたら、後ろから来た車は弟に気づかず、スピードを落とさないまま信号待ちしているアホな弟に突っ込んだわけだ。

 


この話を母親の視点から見てみよう。警察からの突然の電話を取った母親は、弟が運ばれた病院に飛んで向かった。息子が交通事故、しかもかなりデカイやつをやらかしたので、母は動転して車をぶっ飛ばした。ただ、病院につくと、そこにはピンピンとした息子が立っていた。元気な息子の顔を見てどう思ったかは聞いていない。当時、何か言っていたとは思うが、こっちとしては弟が生きているという事実だけでよかったわけで、母がどう思ったこう思ったなんてことはどうでもいいし記憶にも残っていない。じゃあこの話はなんなんだ、ということになってしまうが、まぁ印象深かった記憶の断片を繋いでいるだけだ。

 


母は無事な息子を車に乗せ、今度はその足でリトルカブを引き取りにバイク屋さんに向かった。2人の姿を見て、従業員の若いにーちゃんはすぐにピンと来たらしく、スムーズに故障した原付の話になった。ここまで状況が全く把握できていない母親が言った。「この度はお世話になりました。今回の修理費はおいくらでしょうか?」バイク屋さんに行って、バイクを引き取りたいわけだから、いたって普通の質問である。ただ、彼の顔は一瞬にしてこわばった。変な空気が流れた。彼は怪訝そうに言った。「お客さん、本気で言ってますか?」こう言われた母親も隣に立っていた弟もハテナである。彼は続けた「廃車です」。2人の頭に浮かぶハテナはより大きくなった。「届けられた原付ですけどね、修理するくらいなら、新品買った方が安いですよ」と彼は言い、バイクが置いてある倉庫の奥に案内してくれた。

 


母親も弟も開いた口がふさがらなかった。目の前にあったのは、原型をとどめていないクシャクシャになったリトルカブだ。元々、このリトルカブは、原付界でも最小なくらい小さい。そんな小さいバイクがぺったんこになって、もっと小さくなっていたのである。何度も踏まれて潰れた空き缶のように。隣にいた弟は母親の顔を見たが、バイクを見て不気味に笑っていたそうだ。バイク屋のにーちゃんは、この大事故で無事でいるなんて奇跡中の奇跡だと言い、廃車届けの手続きを始めた。

 


母親は事故状況をまだ警察から聞いていなかったし、弟も轢かれてそのまま病院に運ばれたので勿論わからなかった。実際の事故状況はこうだ。前述した通り、停車中の弟の原付に、スピードを落とさずに乗用車が追突。弟は十数メートル飛ばされた。原付に乗ってる人間なんて、おもちゃみたいな軽いヘルメットに、半袖半パンみたいな軽装をしているのが大半。十数メートルなんて吹っ飛ばされたら死ぬか、もしくは重体になるのがオチだ。ただ、弟はかすり傷くらいで大きな怪我はなかった。不思議なのだ。なんで死ななかったのか。本当に謎でしかない。

 


謎を解く鍵は、事故が起きたのはビデオ屋のバイトの帰りだったということだ。弟が映画好きがためにレンタルビデオ屋さんに働いていたということをお伝えしたが、これが彼の命を救うことになった。その日も弟は、持ってきていたリュックの中に、DVDを5-60枚、入るだけパンパンに詰めていた。そんなに観れるわけないのだが、データをハードディスクに取り敢えずコピーしておいてストックしておくというのが、彼のいつもの作戦だ。もうお気づきの方もいるだろうが、このリュックが ”エアバック” になったのだ。ぶっ飛ばされた弟は空中で何回転か何回かひねって地面に叩きつけられた。ただ、DVDでパンパンになったリュックを下に。DVDの容器はプラスチックで柔らかい、しかも大量なので上手いこと衝撃を吸収したのだ。たったこれだけで弟は死なずに済んだのだ。信じられないギャグ漫画に出てきそうなオチなのだが、フィクションなのである。それ以来、DVDの容器を見たとき、僕はこの話を思い出してしまう。そい言えば弟元気かな?とも思ったりする。この文章を書いていながらも思ったりする。思ったりするだけでLINEなんかはしない。

 


事故って廃車になったんだから、弟のバイクじゃないじゃないか。そうなのだ、実際は同じバイクではない。僕が乗っていたリトルカブは、事故った保険で降りた金で買ったまったく同じ型のリトルカブなのだ。弟はそれ以来、恐怖で原付に乗らなくなった。乗らない原付なんて弟からすればガラクタだ。だから早く金にしたくて売り手を探していた。運良く、母が気を利かせて僕に回してくれたわけだ。バイクの入手経緯を説明するだけで本当に話が長くなってしまった。

 


初めてコイツと出会ったのは、八王子市にある福山運輸の倉庫だ。27,000円で山口県からはるばる1000kmをトラックに揺られてやってきたのだ。初めて乗った時のことは忘れられない。全然言うことを聞いてくれなかった。ガッタンガッタンとギアが乱暴に切り替わる。業者に運んでもらうのにガソリンを抜いておかないといけなかったので、言うことをきかないバイクを無理やり走らせながら、焦ってガソリンスタンドを探した。

 

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そんな事を思い出しながら、この旅で初めての給油をした。出発から4時間、休憩も兼ねてご飯も食べた。後輩が渡してくれた白むすびだ。ずっとハンドルを握っていたせいか、むすびを持つ手が若干震えて上手いこと口に運べなかった。なんの味もしなかった。具はたしかに入っていたんだけど、まったく味がしなかった。頭はおむすびのことなど、味覚のことなど気にするだけの余裕がなかったんだろう。舌が完全にバカになっていた。自分が東京でやってしまった過去と、どうやって実家に辿り着くかという未来のことが頭でグルグルと渦を巻いていた。500円のレシートをくしゃっとポケットに入れ、また走り出した。ゴールまで残り、大体900km。先はまだまだ長い。

 

つづく