いまむうブログ

ほぼノンフィクション。面白さは保証できません。

ラーメン屋は小さな民主主義国家である

f:id:manjinote:20190608065109j:image僕は大学時代にラーメン屋でバイトをしていました。大学の門の目の前にある、たったカウンター11席しかない小さなラーメン屋さん。構成員はオーナー1人、店長1人、社員2人、バイト(パート)10人。バイトは全員、目の前にある東京農工大生でした。

  • オーナー1人
  • 店長1人
  • 社員 数人
  • バイト6年生1人
  • バイト5年生1人
  • バイト4年生2人
  • バイト3年生2人
  • バイト2年生2人
  • バイト1年生2人

店長は全構成員の投票で決まる

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1人の店長が独立して新しいラーメン屋を出すと、店長のポストがあきます。すると、店長不在の期間がある程度続き、次の店長の選挙が行われます。この空白の時間は選挙立候補期間とでも言えばいいでしょうか。選挙日はオーナーによって告知されます。すべてのメンバーが1票を持っていて、次期店長に投票します。新人バイトでもオーナーでも店長でも、平等に1票持っています。多数決で1票でも多い社員さんが次期店長に就任し、独立に向けて修行を始めます。

民主主義がラーメン屋にもたらすもの

程よい緊張感。選挙での票がすべてのラーメン屋の世界。店長を狙っている社員さんたちは日頃からバイトの前でもオーナーの前でも、次期店長にふさわしいような仕事をするように切磋琢磨しています。バイトも社員さんのことをよくみていて、選挙の時には日頃の仕事で判断して投票するわけです。

自分たちの総意を大事にする

グループ全体で行う選挙だからこそ、店長が一度決まってしまえば、店長にみんなの心が集まります。大変なときも協力しようだとか、心を尽くそうだとか、尊敬しようだとか、そんな気持ちが起こるんですね。

独裁が嫌いな僕は

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そんな環境で青年時代を育ってきた僕は、あることに気がつくわけです。それは、独裁が嫌いだということ。言い換えると、みんなの総意で決まったわけではないことには従えないということです。

思い出す学生時代

誰にも支持されてないのに、リーダーになっちゃう人っているじゃないですか。例えば...学校の担任の先生。彼らは生徒から選ばれたわけじゃないのに、クラスの大事な決定権を持ってるわけじゃないですか。学生時代の僕はそのシステムがよく理解できなかったんですね。僕らが選んだわけじゃないのに、先生ってなんであんなに偉そうなんだ!ってね。ひねくれてるかもしれないけど、学生時代は思ってましたね。

大事なのは、みんなに支持されてリーダーになった、わけではないという認識

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それでも気の許せる先生はいたわけですよ。それは、独裁政権をひかない、民主的な先生です。あくまでクラスの全員に主権があって、選ぶ権利がある。そうゆう認識の先生は数はすくなかったけど、いたわけですね。先生に関わらず、選ばれてもないのに、リーダーになる人にはそのことを認識してもらいたいなと思います。それを認識するだけで、一つ一つの行動が変わってくるし、みんなをまとめることも容易になります。最悪なのは逆ですよ。ゼッタイ逆になっちゃダメですよ。僕みたいな反乱分子がグループ内で暴れ出します。

どんなグループでも民主主義国家と考えればうまくいく

自分がもしどこかのコミュニティのリーダーだったら一度考えて欲しいです。全員の総意で決まったのか、もしくは一部の人間の意志で任命されたのか。そこをはっきりしておかないと、グループ内に不穏な空気が流れてしまいますよ。総意で選ばれることが大事、と言っているわけではありません。総意で選ばれてはない、ということの認識が大事だということです。もし認識のズレがあるとみんなの心が離れていっちゃうよ。そんな世界は僕たちが望む世界じゃないから。

 

 

最後まで読んでくださりありがとうございます。僕みたいなモヤモヤを抱いている人も中にはいるんでしょうか。よかったらコメントください。それと、読者登録まだの方はよろしくお願いします。

 

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